編集を始めて30分で気づいた。どのカットも、ボーカルの口が音より微妙に早い。

最初はフレームのずれを疑って、1フレームずつ前後に動かした。合わない。サビでは合うのに、Aメロでは合わない。
原因は現場で流していたプレイバック音源だった。アーティスト側から届いた「最新版」は、ボーカルを録り直す前のテイクだったのだ。歌い回しがところどころ違うので、どこかを合わせるとどこかがずれる。全編で口パクをやり直すわけにもいかず、カットの使える部分を拾い集めてなんとか仕上げた。
MV撮影のリップシンクは、編集ではなく現場で決まる。あの日以来、プレイバックの段取りだけは誰にも任せていない。
リップシンクがずれる原因は大きく3つ
自分がこれまで見てきたずれの原因は、ほぼこの3つに収まる。
- 音源が本番のテイクと違う(冒頭の失敗)
- 現場の再生機材に遅延がある(Bluetoothスピーカーなど)
- 歌い手が再生音を聴き取れていない(大音量の現場、屋外)
2つ目は意外と知られていない。Bluetoothスピーカーは機種によって再生に目に見える遅延があり、歌い手はその遅れた音に合わせて口を動かす。編集で完成音源に合わせると、口が常に少し遅れる。均一にずれるので全体をずらせば直せるが、気づくまでに時間を溶かす。
プレイバック音源は「最新版をください」ではなく「マスターと同じ波形ですか」で確認する。
撮影前日までにやること:音源の確定と頭出し
マスター音源と同じファイルかを確認する。 アーティストやレーベルから音源をもらったら、ファイル名ではなく「完成版マスターと同じテイクか」を言葉で確認する。ミックス違いは問題ないが、ボーカルのテイク違いは致命的だ。
頭にカウントを入れた音源を作る。 曲の頭に「ピッ、ピッ、ピッ」と3拍のクリック音を足しておく。編集では、この電子音の波形とカメラ内マイクが拾った同じ音を合わせるだけで、一発で頭が揃う。カチンコを打てない少人数の現場では、これがカチンコの代わりになる。
セクションごとの頭出しファイルを用意する。 「2番のAメロから」と言われるたびに曲を手で送っていると、現場の空気が確実に悪くなる。Aメロ、Bメロ、サビ、それぞれ2小節前から始まるファイルを切り出しておく。
複数カメラの音声を合わせる考え方は複数カメラの音声同期のやり方|3台の音声を手作業で合わせて朝までかかった話でも書いたが、MVでは「現場で録った音」ではなく「あとで差し替える音」に合わせるのがポイントになる。
現場の再生機材:スピーカーは有線、声が聞こえない現場はイヤモニ
再生は有線スピーカーが基本。Bluetoothを使うなら、事前に手を叩く映像を撮って、音と映像のずれをチェックしておく。
屋外や風の強い現場、機材の騒音が大きい倉庫スタジオでは、スピーカーの音が歌い手に届かないことがある。その場合は、ワイヤレスのイヤモニを片耳だけ入れてもらう。両耳だと自分の声が聞こえずに音程が外れて、表情まで硬くなる。
ちなみに、イヤモニのコードが映り込んで撮り直しになったことが2回ある。耳の後ろから襟の中に通す。これはアーティストのヘアメイクさんとも相談しておく。
スロー撮影のリップシンクは「音源を速くして」歌ってもらう
MVで一番ずれやすいのが、スローモーションのカットだ。
たとえば半分の速度のスローにしたいなら、プレイバック音源を2倍速にして、歌い手には2倍速で口を動かしてもらい、カメラはフレームレートを上げて撮る。編集で通常速度に戻すと、口の動きはスローなのに歌詞とは合っている、あの独特の絵になる。
ここで地味に大事なのが、倍速音源の用意を前日までに終わらせておくこと。現場で音源を加工し始めると、その間ずっと全員を待たせることになる。倍速版はピッチが上がって聴き取りにくいので、歌い手には事前に一度聴いてもらう。いきなり本番だと、だいたい笑ってしまってNGが続く。
構図やカメラワークの話はMV撮影の構図とカメラワークのコツ|歌詞を無視して撮って使い物にならなかった話にまとめている。リップシンクのカットは寄りが多くなるので、口元がどこまで見えるかも撮る前に決めておくといい。
編集でのリップシンクの合わせ方
現場で頭のクリック音を入れておけば、編集の作業はほぼ機械的になる。
- 完成音源をタイムラインに置き、クリック音の位置をマーカーで固定
- 各テイクのカメラ内音声を、クリック音の波形で揃える
- 揃えたらカメラ内音声はミュートし、映像だけを切り替えていく
それでも1〜2フレーム合わないカットは出る。そのときは音ではなく映像を動かす。口が閉じる瞬間(「ま」「ぱ」「ば」の子音)を見て合わせると、人間の目はかなり納得する。母音で合わせようとすると、どこまでいってもずれて見える。
まとめ
リップシンクのずれは、編集ソフトの性能でも自分の腕でもなく、ほぼ現場の音源管理で決まる。あの日に届いた「最新版」を疑わなかったのは完全に自分のミスで、今はマスターのテイク確認をメールで残すようにしている。
言った言わないで揉めたとき、証拠が無いのはだいたいカメラマン側だからだ。
この記事を書いた人
映像制作歴8年、ブライダル・MV・ライブ撮影を中心にこれまで300件以上の現場に立ってきた映像クリエイター。撮影から編集まで一貫して手がけ、現場でしか分からないリアルな機材選び・編集ノウハウを発信しています。



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